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JMAの経済ニュース なぜ上がらない日本の賃金(2022年1月11日)

本コラムでは、世の中で起こっている経済トピックスの中から当委員会の解釈で解説しています。

マクロ経済の視点からミクロのM&Aを始めとする経営活動にお役立ていただきたく掲載しているものです。

掲載している内容については、当委員会で知りえた情報に基づいた見解であり、

利用者個人の責任においてご判断下さるようお願いいたします。

ジャパンM&Aソリューション株式会社
JMA経済トピック製作委員

 

なぜ上がらない日本の賃金

 

賃金が上がっていないのは日本だけ

本の賃金が一向に上がらない。図12000年以降の主要先進国の名目賃金の推移を2000年を100とする指数で表して比較したものだ。それぞれ自国通貨建ての賃金なので為替レートの影響は受けない。新型コロナの感染に見舞われる直前の2019年までの約20年間を通じて日本だけが低下していることがわかる。

1 主要先進国の名目賃金の推移比較(2000年=100

(出所)OECD、Stat

生産性が上がれば賃金は上がるのか

賃金の上昇を実現するには生産性を高める必要がある、とよく言われる。
生産性とは労働生産性のことで、マクロ的には「実質GDP÷労働者数」(労働者1人当たりの実質GDP)である。労働生産性が上昇するとなぜ賃金が上がるのか。理屈は以下の通りだ。

モノやサービスの生産1単位当たりの労働コストを「単位労働コスト」という。例えば車を1台生産するための賃金総額というイメージだ。式で表すと以下の通りだ。
単位労働コスト=(一人当たり賃金×労働者数)÷実質GDP

一方、「労働生産性=実質GDP÷労働者数」だから、ここから以下の式が導ける。
単位労働コスト=一人当たり賃金÷労働生産性
この式からわかるのは、労働生産性が上昇すれば単位労働コストが下がるということだ。

1単位のモノやサービスを生産する労働コストが下がれば、企業の利益率は改善する。換言すれば、労働生産性の上昇に見合う賃上げを実施しても企業の利益率は維持できるということだ。したがって、労働生産性が上昇すれば企業には賃金を引き上げる余裕が生まれると言えるのだ。

では企業は労働生産性の上昇に見合って賃金を引き上げてきたのか。
2では労働生産性、1人当たり賃金、そして賃金を反映しやすいサービス業の販売価格(サービス価格)の動向を日米欧で比較してみた。

2 労働生産性、賃金、サービス価格の日米欧比較

(出所)OECD、Stat

これを見ると、欧米では趨勢的に労働生産性の上昇率よりも賃金の上昇率が高い。これは企業の収益率を悪化させるので、企業は賃金の引き上げに見合って売値(サービス価格)を引き上げていることがわかる。

しかし日本では、労働生産性の上昇に見合った賃金の上昇が見られない。それどころか、労働生産性はユーロ圏並みに上昇しているのに対し、1人当たり賃金はむしろ低下しているのだ。売値はほぼ横ばい推移なので企業の利益率は改善していることになる。労働者に分配されてしかるべき所得を企業が奪っているとも言われかねないことが起こっているのだ。

 

企業はなぜ賃金を上げたがらないのか

日本の企業は労働者を虐げてきたのだろうか。図3の左側は労働分配率の推移を示している。企業が生み出す付加価値を労働者(賃金)と企業(利益)がどう分け合ってきたかが分かる。

3 労働分配率と企業の内部留保の推移

(出所)左右の図とも財務省「法人企業統計年報」

企業活動で生み出される付加価値は時に大きく変動するのに対して、全体としてみれば賃金の変動率は相対的に小さい。したがって景気が短期に大幅に悪化するような局面では、労働分配率が急騰することがある。左図で示したリーマンショックの際などはその典型だ。また足元では、コロナ禍で企業活動が大きく制限されたため、この時も労働分配率が急騰している。逆に、業績が急拡大するようなバブル期には労働分配率は急落する。

さて、そうしたことを踏まえた上で労働分配率の推移を見ると、2000年代以降、明らかに低下傾向にある。一方、右側の企業の内部留保の金額の推移を見ると、2000年代以降に急ピッチで増加していることが見て取れる。マクロで見れば、日本の企業は生み出した付加価値の分配に当たって、労働者への分け前を削って内部留保に回してきたことになる。

内部留保はバランスシートの右側に計上されるので、それが増加した時に左側(資産側)では何が増えたのか。しばしば利益を生まない現預金が無駄に積み上げられているという批判が投げかけられるが、確かにリーマンショック(08年度)以降、現預金が100兆円以上積み増されている。ただその間に増加した内部留保の額は200兆円を超えている。その差を説明するものは何だろうか。

答えは証券投資の増加である。子会社や関連会社の株式保有という形で「対外直接投資」が増えているのである。利益が出にくい国内よりも相対的に利益率が高い海外に投資しているということだろう。世界金融危機(リーマンショック)の際に資金繰りに窮した経験から、多くの企業が手元流動性を増やした。そして同時に先行きの利益を確保するために海外に資金を投じているのである。

 

ではどうすべきなのか

日本で賃金はなぜ上がらなかったのか。賃金は企業活動で生み出される付加価値のうち労働者の受け取り分である。その付加価値が増えなかったわけではない。企業の取り分である利益は増えている。労働者側から見れば、付加価値の増加分を、企業が「利益の確保」と、「不測の事態に備えた流動性の積み上げ」と、「将来の利益を狙った海外への投資」に回すことを阻止できなかったということになる。

そうであれば、「労働生産性を上げれば賃金も上がる」とは言い切れないことが分かる。結局、もっと賃金を受け取ろうとするなら、企業が必要人材の確保に躍起になるような状況をつくり出す必要がある。「その人材に辞められては困る」「その業務を果たす有能な人材が欲しい」と企業に思わせる状況、つまりは労働市場の流動性を高める必要があるということである。労働者自身が、賃金の上昇よりも雇用の維持を優先しているようでは、賃金交渉で優位に立つことはできない。

もっとも、労働力の供給増加の面で大きく貢献してきた女性の参入も、今やその就業率は70%を超えており今後はブレーキがかかる可能性が高い。高齢者の就業率がさらに高まるとしても、現役人口の減少が加速していく下で、日本経済が絶対的な人手不足に陥っていくのは避けようがない。勿論デジタル化、ロボット化は進展するだろうが、人材の奪い合いが賃金水準(労働分配率)を引き上げていくことになるとは言えそうだ。

しかし個人としては、そうした環境変化に身を委ねて待つのではなく、自らの能力を磨いて価値を高め、それを正当に評価してくれる企業を選んで、そこで「相応しい賃金」を得ることを目指したいものだ。政府はそうした個人を後押しする制度を整備すべきである。

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