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中小企業の賃上げを考える(2025年2月26日)

中小企業の賃上げを考える(2025年2月26日)

 「賃金と物価の好循環」というフレーズをよく見聞きします。

景気がよく売れ行きもよく、賃金も上昇するので結果として物価も上昇する。しかも賃金の上昇率の方が物価の上昇率よりも高いので実質賃金が増える。売り手の企業にとっても買い手の消費者にとっても望ましい状況、それが「賃金と物価の好循環」ということだと思います。

 昨年1年間の消費者物価の上昇率は、全体で2.7%、食料品で4.3%です。一昨年は全体で3.2%、食料品が8.1%でしたから、落ち着き方向にはありそうですが、多くの国民にとって、実質賃金の上昇は実現していません。

 消費者にとっては物価は上がらない方がよいに違いありませんが、売り手の企業にとっては、売値がそれなりに上昇してこそ売上や収益の増加が期待できます。経済が健康体であれば、物価は緩やかに上昇するものだと思います。そして賃金の上昇率が物価を上回るのが望ましいということです。

 ちょっとこの図を見てください。これは企業の付加価値を示した図です。

 

縦軸が価格、横軸が数量を表しています。この会社は100万円で1万個の製品を販売しているので、売上は100億円です。一方、仕入が40万円×1万の40億円ですから、売上と仕入の差である付加価値が60億円となります。緑がかった部分が付加価値です。

 付加価値は営業利益や経常利益とは違った概念で、企業の取り分である収益と、労働者の取り分である賃金とに分けられます。付加価値のうちの賃金の割合のことを労働分配率と呼びます。
 この絵が教えてくれるのは、賃金の支払い原資が付加価値だということです。労働分配率を変えないで賃金を増やすには、付加価値を増やすしかないことがわかります。付加価値を増やすには、緑の長方形の面積を大きくしなければなりませんが、縦に長くしたり、横に長くする必要があります。

 ここ数年を振り返ると、仕入コストが大幅に上昇しました。オレンジ色の部分は、1万個を生産するために必要な仕入コストという意味ですが、図では40万円で示されている単価が大幅に上昇し、放っておくと付加価値が減ってしまう事態だったわけです。付加価値を減らさないためには、100万円の販売価格を引き上げたり、生産・販売個数を1万個以上に増やす必要がありました。

 しかし、付加価値が減ってしまっても賃金を維持するとか、付加価値が増えていないのに賃金を上げるといったことをしようとすると、企業の取り分を減らして労働分配率を引き上げる必要があります。実際の労働分配率はどう推移したのでしょうか。

 

次のグラフを見て下さい。これは1990年から昨年までについて、大企業と中小企業に分けて、労働分配率の推移を比較したものです。青の線が中小企業ですが、2009年のリーマンショックの時に80%まで上昇した後は、大局的には低下傾向で推移してきています。最近も、コロナの時期に少し跳ね上がったものの、その後はまた低下しています。

 常識的には、中小企業は、上昇したコストの価格転嫁もままならず、それでも賃金水準を維持したり少しでも引き上げたりするために、自分の取り分を減らして労働分配率を引き上げざるを得ない状況に追い込まれていると思われがちです。

 しかし実際には労働分配率は上昇していません。なぜでしょうか。10年以上の期間で見ると、非正規雇用の比率が高まっていること、具体的には女性と高齢者の雇用が大きく増えていることが指摘できます。そしてここ2、3年については、コストの上昇分をそれなりに家計に転嫁すること、要するに値上げができているので、付加価値が減ってはいないということだと思います。

 しかし、そのことよりも非常に気になるのは、中小企業と大企業の労働分配率に絶望的なほど大きな格差があるということです。青い線で示した中小企業の労働分配率は、足元で70%超であるのに対して、黒い線の大企業は40%以下です。中小企業は稼いだ付加価値の大半を賃金支払いに充てざるを得ないのに、大企業は半分以下しか賃金に回していないのです。それでも1人当たりの賃金は、水準でも上昇率でも大企業が中小企業を上回っているのが現状です。賃金格差はさらに広がりつつあるわけです。

 中小企業が継続的に賃上げを実現するためには、もっとコストの価格転嫁がしやすい環境を作る必要があると言われています。それは全くその通りだし、そうなれば、中小企業は賃上げをやりつつ労働分配率を押し下げることもできるかもしれません。しかし、そんなことでは70%対40%という大企業とのとてつもない格差を埋めるのは到底不可能でしょう。

 ここから先はもっと分析が必要だし、一朝一夕に解決できる問題ではありませんが、鍵を握っているのが生産性の格差であるとは言えると思います。つまり生産性を上げる、それも大きく引き上げるには規模の拡大が不可欠だろうということです。それが従業員1人当たりの付加価値を大きく増やし、労働分配率を劇的に下げ、企業の取り分を劇的に増やす方法だと言えると思います。(五十嵐敬喜・著)

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